STORY


毅光とあかりとmon

licaが人前から姿を消した時、コートが作られてから20年経っていた。
licaの引退後 プレミアが付いたkikiのコートだが、licaとともに行方がわからなくなり 伝説となり、やがて忘れられるだけの時間がたった。
そのコートはアメリカの小さな古着屋の倉庫の中にあった。沢山の量の古着にまじり、積み重ねられていた。
浮浪者が持ち込んで安く買い取られ 価値を見出されず、売られたコートは何十年も山積みの服に埋もれていた。

日本人の内田というバイヤーが、あのコートの生地に目を引かれた。「まさか!」と積み重なった服の中からコートを取り出し、手にするやいなや目を輝かせた。
ブランドのネームタグこそなかったが、内田はこれがkikiのヴィンテージであると確信した。
内田は国に持ち帰り、自分の店に並べた。彼はそのコートがkikiのものだと、誰にも言わなかった。


その店は、とても由緒ある名の知られた 日本のヴィンテージショップであった。

コートを試着したいという客は沢山いたが、コートの存在感に負けてしまうのか 買う者はいなかった。それに、あまりに古くて高価な値だからかコートは売れなかった。モデルに着せて写真を撮り ホームページにも上げたが、売れなかった。

ある日、店に電話がかかってきた。
「ホームページのずっと遡ったところに載っている、お写真のコートのことなのですけど。まだございますか。買うつもりでお金を貯めているのですが売れてしまうか心配で…。」

電話の女性は、嵐の日に裸足でお店にやって来た。
雨がひどく傘も壊れ、靴が使いものにならなくなって脱ぎ捨てたらしい。
店員は、「まあ!」とタオルケットを差し出して 
「あなたが大賀さん?」
女性は帽子を脱いでボウズ頭を拭きながら、コクリと恥ずかしそうに頷いてレインコートを脱いだ。「大賀あかりといいます。」
店員が言った。「あなた、パンクス?」あかりは
「いえ、生まれつき毛がないんですよ。」明るく笑った。

あかりが試着室から出てきて、店員は感嘆の声をあげた。あかりは 訳もわからず出てくる自分の目から流れる涙に困惑していた。
それは、あかりの涙であると同時に、やっとあるべき持ち主に出会えたコートの涙に違いなかった。
あかりはそっと涙を拭いて、
「お金を貯めるのに時間がかかってしまいました。とって置いてもらってほんとうに感謝します」
「このコートも持ち主が現れたようね!」店員が嬉しそうに言った。
あかりは動いてみて、「少し右脇のところが生地がきつめで… 補強すれば破れたりしませんか?」
店員が集まってきて、「こちらはとても古い時代のお洋服で、脇のところ、ほんとうだ。生地がもろく繊細になってきていますね。 
一時補強はできなくはないですが、生地自体が劣化しているので長くは着用は出来ないと思われます。かなりお古いお品なので…」 
店員は そう正直に言った。
あかりが鞄の中を探った時、見ていた裁縫師が 「それ、リボンですか?」
「ええ。チョーカーにしようと計り売りで手芸店で買ったベロアです」
裁縫師は、「それ、もし使ってかまわなかったら、今すぐお直し出来るアイデアがあります。
リボンのようなものがあったらと思っていたんですよ」
あかりは、お願いしますとリボンを渡して、裁縫師は奥へリボンとコートを持って作業場へ入って行き、15分で戻ってきた。
「生地が薄い脇の箇所に自由が効くように、両端に2か所づつリボンを縫っておきました。縫える部分の布地があってよかったです!
縛って調節できますよ!」

あかりは胸がいっぱいで、
「素晴らしい発想をしてもらえて感謝します。娘へのプレゼントなんです。とても喜んで大事にしてくれるはずです」

直したコートを着たあかりは
「蝶々みたい!!」と言って 胸躍らせた。

店員達があかりを嬉しそうに 写真を何枚も撮った。
「すごい偶然もあったものね!!」
店主の内田も、その店の店員たちも、大賀あかりも、そのコートの過ごしてきた背景は知らない。ヴィンテージとは不思議とそういうものだ。
あかりはコートの内側の毛糸の無数の輪っかの施しや、ニットの編みのデザインと綺麗さ、刺繍の繊細さ、装飾の美しさ、パーカーの先駆的な毛糸の帽子。その時代にこんなに奇抜で美しい芸術品があった事に感動していた。
あかりが着ているのを見て、裁縫師が「まるでkikiみたい‼︎」と言った。
 なんとなくあかりも知っている あまりにも有名なkikiってとても素晴らしいブランドなんだろうと思い微笑んだ。
彼女はコートと、あと長靴を買って、皆にお礼を言って店を出た。
あかりは浮き立つ気持ちで雨に唄い歩いた。
雨が小降りになってきて、少し肌寒く
あかりはコートをそっと纏った。とても温かい事に驚き、幸せな気持ちになった。フードの帽子は古くとも温かかった。


彼女は夫の毅光から16歳の誕生日の時にもらった大切な大切な、大きなクマの縫いぐるみを持っている。そのクマにこのコートを買ってきたのだった。
毛糸の飛行士の帽子には、新しいゴーグルがつけられた。
高価な縫いぐるみではなかったから、古くて何度も破れたら縫ってあり、いびつだったけれどクマは夫婦二人にとって娘に代わりなかった。
コートはクマにぴったりだった。クマは愛を込めてmonという名前を付けられていた。

「monに買ってきたんだろう?」
「うん。絵が売れたから。」

あかりは画家だった。

「ただいま」
「おかえり」

「ちょうどよかったね。mon。立派になったね、お空も飛べるね。 ありがとう、あかり」
毅光はあかりの額を撫でた。毅光は昔からあかりをこわれものを扱うみたいに、そおっと触れる。
あかりはそんな時、猫のように嬉しがる。

夫婦揃って、monのそばでたくさん話をした。
彼女が16歳になった日、二人の部屋のトイレにmonが座っていて彼女は驚き 嬉しさで泣いたこと。
一度は二人は両親に引き離された。monは彼女の親に ゴミ捨て場に捨てられてしまったこと。
それから半年後にあかりが彼を心配して こっそり電話をした。
monが捨てられてしまった事も話した。

あかりは毅光に会いたくて仕方なかったこと。
毅光もあかりの幻をみるほど彼女に会いたかったこと。

毅光は休日に東京から二人の故郷にやってきては、ゴミ収集所をまわってmonを探し回って、各地の収集所から沢山のくまのぬいぐるみを集めて軽トラックの荷台に乗せて走っているとき、二人が再会したこと。
monが見つかり、それからふたりは結婚した。
毅光は実家の店を継ぐために職人としての修行にあかりと共に上京していたのだが その後東京で自分の会社を構えていた。
妻は絵を描き、夫はその額縁を作りつづけた。いつまで経っても2人は
子どものようにいたずらをたくらみ合い、愛し合った。

決して裕福な家庭ではなかったが、二人は笑いが絶えない家庭の中で子どもを3人授かり、コートを着たmonは 代々大事にされて幸せだった。


このコートが作られて、あかりが手にしたのは ちょうど100年目だった。



12/13

プロフィール/オトナコドモ舎 主宰

プロフィール画像
クロカワミツヨ/黒川光世   映像作家・絵本作家
8mm Filmに限っては自家現像をしています。
経歴
代表作・「陽餌」16mm
・「紐理論」16mm、ビデオ
・「泡姫のおとしもの」8mm 調布映画祭入選作品 
、その他。ミュージックビデオも手がける。
2011年 桜台poolにて、個展「MITSUYO OHYA MUSEUM」を開催。
2023年 出版社「オトナコドモ舎」を設立。
 同年、絵本「ひとしずく」を11月に出版。

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